2015年3月25日水曜日

川井郁子 Ikuko Kawai リベルタンゴLibertango [嵐が丘.Live.Concert.Tour.2005]



川井 郁子
川井 郁子(かわい いくこ、1968年1月19日 - )は、日本のヴァイオリニスト・作曲家・大阪芸術大学芸術学部教授。香川県木田郡牟礼町(現・高松市)生まれ、高松市育ち。

高松市立牟礼小学校-高松市立屋島中学校-高松第一高等学校音楽科-東京芸術大学卒業。同大学院修了。2001年4月より大阪芸術大学芸術学部音楽学科教授。2005年より教授。ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団、ニューヨーク・シンフォニックアンサンブル、サレー・アンタル・ジプシー楽団、ブルガリアン・シンフォニー・オーケストラ、読売日本交響楽団、NHK交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団など、国内外のオーケストラと多数共演・レコーディングを行う。

2005年11月結婚。2006年6月20日、第1子(長女)を出産。産休後、同年9月より演奏活動に復帰。2013年3月離婚。
音楽活動だけでなく、女優としても活動。1998年の映画『絆 -きずな-』(役所広司主演)では批評家大賞新人賞を受賞している。他には、1999年放送の連続テレビ小説『すずらん』(遠野凪子主演)に出演している。また、2011年10月より、『うどん県』という香川県のPRページ内で学芸員役で出演している。
2013年、『北のカナリアたち』の音楽で第36回日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞した。(出典:ウィキペディア)


2015年3月23日月曜日

ヨーロッパ (バンド) Europe - The Final Countdown (Official Video)

何故かこの曲を聴くと元気になりますね。


ヨーロッパ (バンド)
ヨーロッパ(EUROPE、1979年 - )は、スウェーデン出身のヘヴィメタルバンド。"The Final Countdown"(1986年)の大ヒットで知られる。1992年から一旦長期にわたり活動を停止するが、2004年に再結成を果たしアルバムをリリースした。現在は"The Final Countdown"発表時のメンバーで活動中。再来日も果たしている。
北欧メタルの始祖的存在として位置づけられることが多い、メロディアスな旋律とハイトーン・ヴォーカルを最大の特徴とするバンドである。特に初期の作品にはこうした色合いが強く、キーボードを盛り込んだ叙情的なメロディは数々のハードロック、へヴィメタルバンドに大きな影響を与えた。
"The Final Countdown"はEUROPEの最大のヒット作となり、日本でもスズキ・カルタスのCMソングとしてヒットした。(出典:ウィキペディア)


2015年3月18日水曜日

他を愛する心 その5 人間はDNA支配か?




さて、先回、私たちは一人の人間のように思っているけれど、それは遺伝子の策謀で、実は私たちの体は単なる遺伝子の乗り物であり、「こうしたい」と思うのは遺伝子が自分に有利になるように体の中で指令している、つまり私たちはエイリアンが体の中にいて、その通り動いている人形に過ぎないというドーキンスの考えを紹介しました。

だから人間は利己的な生物である。無理して他人のためなど考えても無駄だということになっています。ところが昔から「どうも生物は利他的なところもある」とか、「自然淘汰だけではとうてい説明できない形質を持っている」というような疑問がありました。

この疑問は進化論、自然淘汰、DNA、そして利己的遺伝子と「強者が残る」という論理が整理されればされるほど、反対のことも明確になってきたのです。特に、生物学の主力が「目に見える大きな生物」、つまり三葉虫とか恐竜のようなものを観察していたのに、それが微生物を観測するようになって様子が変わってきたのです。

地球上には目に見えない微生物も含めて、何十億という生物がいるようです。今でも新種が次々と発見されているのですから、全体像は定かではないのですが、なにしろ膨大な数の生物がいることは確かです。

一般的に弱い生物は環境の悪いところに押しやられ、強い生物が良い場所を締めてしますが、それにしても種類が多すぎます。明らかに同じようなところに戦ったらどっちが勝つかははっきりしているのに、徹底的に戦わず、複数の生物が一緒に住んでいます。

もし進化論から利己的遺伝子の考えが正しく、強いものが弱いものを駆逐することによって生物が進化し、ついに人間まで誕生することになったなら、この世はある環境下ではある生物が一種類になってしまいますが、事実はものすごく多い種類の生物が生息しています。ということは「弱いものは絶滅していない」ということを示しています。

ここでもう少し深く考えてみたいと思います。一口に「強い」、「弱い」と言っても、生物は相互に関係していますし、まして動物はCO2を食べることができないという制約があり、どうしても植物と一緒でなければ生きていくことはできません。

たとえば動物にとっては、「CO2をどんどん食べる食欲旺盛な植物だけれど、毒もないし、防御もしていないので、食べやすい」というのは「弱いかも知れないが、都合の良い植物」ですから、それを淘汰するということはありません。

でも、イボタとイボタ蛾のように蛾が食べようとすると毒物を出すような植物は強いけれど、歓迎されません。

これは動物相互にもあって、閉鎖された空間の中にシカとオオカミを一緒に住まわせますと、オオカミはシカをとって食べようと思えばいつでも食べられるのに、決して絶滅するようなことはせず、「シカとオオカミの両方の最大幸福状態」にすることが知られています(ロイヤル島のシカとオオカミの関係)。

つまり、生物は個体として「利己的」ではなく、もっと広い視野で「利己」なのか、それとも生物の性質の中にもともと「利他」を含んでいるのかはさらに難しい問題です。

(平成27年2月26日)

(出典:武田邦彦(中部大学)ブログ



2015年3月17日火曜日

他を愛する心 その4 ダーウィンと利己的遺伝子



この「他を愛する心」というシリーズは、今、私たちが健康でいたいとか、長寿とか、さらには認知症になりたくないとおもっていて、それには「自分の生活や生き方、ストレスを改善しよう」としていますが、それは違うのではないか、私たちが健康だったり、幸福になるのは、自分が健康に注意するからではなく、あたしたちの愛が他に向かっている時ではないかと思うからです。

それを単に感覚的ではなく、しっかりとした根拠のある論理を作って、普遍化しようとしているのがこのシリーズです。これまでの3回はやや卑近なことから始めたのですが、ここから少し科学的な内容にはいります。

人間が「利己的」な生物であるか、それとも「利他的」であるかという問題を科学的にはっきりさせたのが、生物の進化を研究して「進化論」を著したダーウィンと、それから100年ぐらいたって、生命の元を明らかにしたDNAの解明者ワトソンとクリック、そして、きわめて明確に進化の内容を整理した「利己的な遺伝子」のドーキンスでした。

まずダーウィンが「自然淘汰」、つまりより強い方が勝つという原理によって生物が進化してきたことを示し、それをフリースという学者がオオマツヨイグサの突然変異の研究で進化の具体的な方法を示しました。つまり、生物は生活しているうちに突然変異をおこし、まれにその中で選りすぐれた性質を持つ突然変異をした生物が残る・・・これを繰り返してアメーバのような生物から人間まで進化してきたという理論です。

この進化論は、ワトソンとクリックのDNAの構造解析で、命とはどういうものか、生物の形がどうやって決まるかがわかり、さらに、放射線などを浴びてDNAに変化が起こり、その変化がより強くなる方向の場合に新しい生物が競争に勝って進化が進むという、それまでの突然変異という現象論に加えて具体的な化学的内容も解明されました。

DNAの構造解明とその影響の研究で、生命の誕生や生物の進化はこれでほぼ完璧に説明できるように見えたのです。事実、イギリスにドーキンスという学者が現れ、鋭い観察眼で「利己的な遺伝子」という大著を著し、それによって生物そのものとその進化はすべて明らかになったと考えられました。

「利己的遺伝子」という書籍は大著ではありますが、とても面白いものです。

ドーキンスはイギリスの大学の先生で、学生と飲みながら議論するのが好きで、その議論の中から総合的な考え方がまとまったと言われています。おどろくことに、「生物はその体の中にある遺伝子の乗り物に過ぎない。すべては遺伝子によって操られている」というのですからびっくりします。

たとえば、私は一人の人間のように思っています。でもドーキンスに言わせれば、本当は一人の人間でも何でもなく、私の体の中にある遺伝子が「生き残って次に子孫を残すために作った乗り物」に過ぎないというのです。私の親の体が劣化しないうちに私を産み、そのときに遺伝子は親の体から私の体へと移動する。私を産んだときの親の体はかなり劣化しているので、その命がつきると遺伝子も死んでしまうので、安全を期して親が40歳ぐらいまでに乗り移ってしった、単にそれだけというのです。

そして、私の体に乗り移った遺伝子は、まず私が成長すること、そして適当な時期に女性が好きになって子供を作ることを計画します。私は単に女性を見るとムラムラとくるとしかわからないのですが、それは私の中の遺伝子がそうさせているのです。

つまり、人間は40歳ぐらいまではまあ安心ですから、遺伝子は悠々と計画を練ります。ます若いうちは勉強させ、運動して体を鍛えさせ、そして女性が好きにならせと順序通りさせる、すべて遺伝子の策略である・・これがドーキンスの考えです。

おいしい料理、快適なスポーツ、愛する彼女、すべては遺伝子のダマシなのですから、利己的遺伝子を知ってしまうとむなしい気持ちもしますし、どうせ自分の体の中のエイリアンが指令しているだけだ、それに反することもできないのだから、いっそ、遺伝子の指令通り、快感を味わった方がよいと自暴自棄にもなります。

ダーウィン、フリース、ワトソンとクリック、そしてドーキンスと続いた「自分の遺伝子のために生きている。だから人間の本質は利己的だ」という完璧な考えと、事実、アメーバ、三葉虫、恐竜、そして人間と順序よく進化してきた生物の歴史から、この理論は完璧のように思われてきました。

でも、どうやら間違っていたのです。

(平成27年2月23日)

(出典:武田邦彦(中部大学)ブログ



2015年3月5日木曜日

他を愛する心 その3 愛と風力発電



かつて「石炭を焚かなくても水の流れを利用して電気を作ることができる」といって日本でも盛んにダムと水力発電所が作られたことがありました。私の小さい頃、ダムは日本の発展の象徴でしたし、水力発電所は自然と調和した環境によいものとして大いにもてはやされたものでした。

たとえば静岡県の佐久間ダム、富山県の黒部ダムなどは、戦後の復興とともに電気の需要が高まった頃、本当に救世主のようなものだったのです。そして豪快に放水されるダム、日本の自然と見事に調和している人工湖、電気、農業用水、洪水防止、観光など何をとってもダムと水力発電所は「よい子」のように思われたのです。

ダムを建設するときには付近の住民を集めて公聴会を開きます。たとえば黒部ダムの場合は、ダムを造っても近くの住民にメリットがあるわけでもなく、関西電力はダムで作られた電気を金沢の方に送るのですから、近くの人から見ればダムだけができるということでもあるからです。

そこで電力会社は、国の発展のため、洪水がなくなる、観光産業が興るといろいろなメリットを強調して地元の賛成を得るということをしていました。

でも、私は15年ほど前の本に「公聴会には魚のお母さんを呼ばなければならない」、「魚のお母さんは「私には育ち盛りの子供が2匹います。もしダムができたら水が涸れて子供たちは死んでしまいます。人間はテレビを見ることができるようになるからよいのでしょうが、私たち親子の生死がかかっているのです」と訴えるでしょう」と書きました。

ダムと水力発電所は人間にとっては電気が増え、観光もできるのでよいことですが、川という自然は人間のためだけにあるのではありません。太陽の光が海水面を照らし、水が蒸発し、それが上空で雲となり、風で流されて山にぶつかり、雨を降らせ、それが川となって流れます。

エネルギーで言えば、太陽のエネルギーが水のポテンシャルエネルギーになり、さらに川の運動エネルギーに転換されるということになります。そのエネルギー、元々は太陽の光ですが、それを利用しているのが魚であり、河畔の樹木であり、川を転がる小石でもあります。鳥がさえずるのも、平野ができるのも、すべて太陽のエネルギーが変わったもので、それを自然は余すところなく使っているのです。

人間から見ると川は無駄に流れているように思いますが、自然は結構、節約家なので、川のエネルギーはとことん利用されています。そこに人間が割り込むのですから、人間が電気を横取りする分だけ自然は痛みます。

それが明らかになってきたのはダムを造ってから20年ほどたったときでした。日本ではダムの下流の自然が破壊され、ダムには砂がたまってあれほど苦労して作ったダムも短い寿命であることがわかってきました。エジプトでは世界の注目を浴びたアスワンダム、アスワンハイダムの影響でナイル川と地中海のエネルーバランスが崩れて6000年も続いてきたナイルデルタの農業が壊滅しました。

そこでやっと人間はダムを造るというのは人間の都合だけだったことに気がつきます。私が15年ほど前に書いた本に「風力発電は自然を破壊する」という一節があり、当時、社会から「そんな馬鹿なことはない。風から電気をとっても風は変わらない」というばからしいバッシングを受けたものです。

当時のフジテレビのキャスターが地上波を使って一介の学者だった私を「売名のためだ」とテレビで批判しているのを聞いたのもその頃でした。でも、風もまた太陽エネルギーの変形で、風が吹くから樹木の葉から水分が蒸発し、地面が乾き、花粉が飛び、鳥が舞うことができるのです。そして風から電気になるエネルギーをとれば「エネルギー保存則」で風は弱まり、樹木は枯れ、地面は湿気るのです。

ここでは二つの例を挙げましたが、私たちは頭でっかちになり、それも中途半端な頭脳の理解と判断で、自分によいことを「自然や他の生物も同時にメリットがある」ととんでもないことを考えるようになったのです。それはおそらく人間の本来の心とは違うので、頭脳で考えた利己的判断と、人間という命が感じる利他的な判断のずれが、現代人の最大のストレスになっているのでしょう。

(平成27年2月20日)

(出典:武田邦彦(中部大学)ブログ



2015年2月28日土曜日

生き方が変わる! 幸せを呼ぶ自愛メソッド




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2015年2月22日日曜日

【絶対やっちゃダメ!】 幸せになるために、捨てよう!   「7つの悪習慣」

【絶対やっちゃダメ!】幸せになるために、捨てるべき「7つの悪習慣」


自分を不幸せに、していませんか?


幸せになりたい。誰もが願っていることだが、実際に幸せになることはどうしてこんなに難しいのだろう?

この問題に答えたElite Dailyの記事が話題になっている。筆者は女性のライフスタイルをより良くする活動を行うTamara Starさん。タイトルは「慢性的に不幸せな人に共通する7つの特徴」。このリストを見て当てはまる人は、知らず知らずのうちに不幸に向かってしまっているかもしれない。


私はこれまで、たくさんの人に幸せになる方法をアドバイスしてきた。そして常にアンハッピーな人には、7つの共通点があることが明らかになった。カリフォルニア大学の心理学者、ソーニャ・ルボミルスキー氏の発表した論文によれば、「私たち自身が変わろうとすることが、幸せになるためには大切だ」と言っている。これが本当なら、私たち全てに、幸せになれる可能性がある。

これまでの人生の中で、私は「いつも不幸せな人」が持っている7つの共通点を見つけた。

誰だって、最悪な一日、あるいは最悪な一週間を過ごすことはある。でも幸せな人と不幸せな人の違いは、それがどれくらい頻繁にあるかということと、どれくらい長くそこに留まるかということだ。


1.人生は辛いものだと、信じている


幸せな人にも困難はある。しかし、幸せな人たちは被害者ぶるのではなく、好奇心を持つことで困難を抜け出せることを知っているのだ。自分が悪い状況になってしまったのは自分のせいだと反省し、すぐにそこから抜け出そうとする。幸せな人は、困難に耐える力があるのだ。

対して不幸せな人は、状況に文句を言うだけ。こうした人は、自分を常に被害者だと思っている。そして「こんなの不公平だ」という態度を取ることを止めない。幸せな人はそんなことをせずに、ただ問題を解決しようとするのだ。


2.ほとんどの人を、信用できない


なんでも信じることが良いわけではない。でも、誰もが自分を攻撃しようとしていると感じていれば、それは不幸せの原因になってしまうだろう。ほとんどの幸せな人は、自分の周りの人を愛しているし、人間は善良だと信じている。初めて会う人に対しても、オープンでフレンドリーな態度で接することができる。

逆に不幸せな人は、出会った人のほとんどを信じることがでず、疑いの目で接する。こうした振る舞いは、外との繋がりを緩やかに断っているのと同じことだ。新しい友人に会えるチャンスをも潰しかねない。


3.正しいことより、間違っていることを指摘する


間違っていることはこの世界に山ほどある。不幸せな人たちは、そこに囚われ過ぎているのだ。彼らはこの世界のあらゆるポジティブなことに目を向けようとせず、「でも・・・」とばかり言い続ける傾向にある。

幸せな人だって、いろいろな問題について考えている。ただ、間違っていることについて考えるだけでなく、どうしたら良くできるのかについて考えているのだ。この差は、とてつもなく大きい。


4.自分を他人と比べて



不幸せな人は幸せな人を見ると、自分の幸運が盗まれたように感じる。永久に満足できないために、嫉みと怒りをいつも抱えている。

幸せな人は、幸運は努力する人にしか訪れないことを知っているし、自分がいつもユニークなアイディアを持っていると信じている。それは、誰にも盗むことはできない。彼らは無限の可能性を信じている。そして、誰かの幸運が自分の成功を妨げている、なんて思いもしていない。


5.すべてを、思い通りにしようとする


目標を達成するための努力と、すべてを思い通りにしたい欲望とは違う。幸せな人は毎日ゴールに向かって1歩ずつ足を進めるが、やがて人生はほとんど、思い通りにならないということを悟る。

不幸せな人は、それを認めることができない。何もかも思い通りにするために、些細なことにまでこだわってしまう。ひとたび物事が自分の計画からズレると、大げさにその場に崩れ落ちる。

幸せな人は、ゴールを目指していながら、変化に柔軟に適応することができる。人生がカーブボールを投げてきても、打ち返す準備はできている。重要なのは目標を見据えながら、悪いことが起きてもすべてを崩壊させないように準備しておくこと。最高のプランは、いつだって思い通りに行かないもの。幸せな人は、いつもプランBを用意している。


6.未来がどうなるか、心配しすぎている


人が頭の中に置いておけることは、それほど多くはない。不幸せな人は、上手く行くことではなく、上手く行かなかったらどうしようという不安で、頭をいっぱいにしてしまう。

当然、幸せな人も妄想する。しかしそれは、人生がどんな風になって欲しいのか、というポジティブな未来予想だ。不幸せな人は、ずっと未来への不安と恐怖に怯えている。幸せな人も不安にはなるが、不安を感じることと、それが現実になることを、きちんと区別できる。その不安が現実にならないようにする方法を考えるのだ。


7.噂話と文句ばかり、言っている


不幸せな人は過去にすがり、生きたがるものだ。彼らが選ぶのは、自分に起きた不幸の話題ばかり。そして、それを語り尽くしてしまったら、今度は人の噂をはじめる。

幸せな人は、現在と未来を生きている。自分がやっていることに夢中で、将来を楽しみにしている。今あるものに感謝を忘れず、これからの可能性について夢を抱き続けているのだ。


Tamara 氏は、こう結んでいる。

「すべてが完璧な人なんて、この世にはいません。誰だって、辛いことを経験します。でも大切なのは、早くそこから抜け出そうとする努力なのです」。


(出典:TABI LABO 和洲明季哉





2015年2月21日土曜日

他を愛する心 その2 愛とダイエット




(最初のところは温暖化の話に似ていますが、このシリーズは「愛」というものを調べる目的です。今回は若干クールダウンしていますが。)

人間は不完全な生物で、たとえば「イネ」と比較するとイネは自分で空気中からCO2(二酸化炭素)を吸って、自分の体を作る。そしてついでに「人のために米粒でも作ってやるか」ということで米粒を作る。

イネは偉い! 他の生物の命をいただくこともなく、他の生物の実や葉を横取りすることなく、一から十まですべて空気中の二酸化炭素、地下の水、そして太陽の光だけを使って、自分の体を作り、毎日生活するエネルギーを生産し、ついでに人間が可愛そうなので米粒を作って人間を養っている。

イネがそんなことができるのは、二酸化炭素を分解して炭素を取り出すことが出来るからで、この炭素で自分の体をつくり、エネルギーを得、さらには余った炭素を袋に詰めて米粒を生産する。

人間はなにもできない。二酸化炭素を分解して炭素を作ることもできず、暖房用のエネルギーも自分で作れないし、必須アミノ酸やビタミンなどもかつては自分の体の中で作っていたのに、もうその体内工場も閉鎖されてしまっている。

そこで、炭素は米粒から(炭化水素)、必須アミノ酸は動物を殺してその肉から、ビタミンは果物を採って食べる・・・という具合に、何から何まで他の生物に頼っている。イネが炭素を、豚がアミノ酸を、ミカンがビタミンを人間にくれるのに、人間はまるで主人のように威張っていて、平気でその命を奪う。

口では「命が大切」と言っているが、その実、上から目線で生物を痛めつけている。

私は「ダイエット」とか「ヘルシーな食事」、さらには「低カロリー食」という言葉を聞いてゾッとする。「人間って、こんなに恩を感じないものか!」と思うからだ。

私たち人間は欠陥生物で自分では何もできず、命を保つためにほとんどのものを「他の命」を頂いている。

「人間は万物の長」と誰が言ったのだろうか? 自分が誰の世話になっているのか何も分かっていないように思える。そして最近はそれがさらに極端になってきた。

「他の命をもらいすぎて太り気味だから、命をもらう数は同じにして、カロリーの少ないものを食べることが良いことだ」という人が多くなった。ダイエット指導とか、低カロリー食を勧めるのを聞くと、私は時として嫌になってしまう。

「太りすぎる」ということは「必要以上に命を頂いている」ということだから、深く反省して「命を頂く数を減らそう」と思うのがまともな人間というものだが、「食べる量を減らしたくない」という自分勝手な心があるので、「低カロリー食」が「ヘルシー」ということになる。自分のことだけだ。

ところで、「太ったシマウマはいない」というのは人間が太る原因が人間の「曲がった心」にあることはほぼわかっている。つまり、もともと「太る」ということ自体が「自分勝手な人間の大脳」が指令することなので、「太った人が、ヘルシーな食事を求める」というのは理にかなっているように思うのも脳が曲がっているからだ。

こういう人が、わがままな人、他がわからない人は何から何までそうなのだろう。そして、その人の生活習慣病になって寿命が短いというのはまさに天の配剤のように思える。

実は話があらぬ方向に行ったのが、私がここで整理したかったのは「ミジンコからマウスまで、そして人間も」腹八分目が飽食より寿命が1.5倍であるという事実は同じ種族だけではなく、生物全体で「他の命を少なくとるものほど長寿である」という原理原則があると思われる。

種族の間では「集団として意味のある個体が残る」という原理原則、生物全体では「生物全体の繁栄に寄与することが元気なもと」というのがあるようだ。それは遺伝子の構造からいってある意味で当然とも言える。そうしないと「なぜ、腹八分目」が「飽食」より長生きかということを合理的に説明することができない。

自分のことだけ考えてヘルシー食事をたらふく食べて、幸福になろうと言ってそれは無理だろう。

(平成27年2月13日)

(出典:武田邦彦(中部大学)ブログ



2015年2月20日金曜日

他を愛する心 その1 愛と寿命




「愛こそすべて」というけれど、本当かな?と思うこともある。愛と言えばそのほとんどが男女の愛だけれど、そんなもの単に動物的欲求で、生物の肉体的要求を、精神敵活動に変えただけではないかと斜めに見たくなる。

でも、私が動物の命、人間の生き様を見ると、実は「愛こそすべて」ではないかと感じることが多い。

哺乳動物は一夫多妻が多いが、この一夫多妻というのは普通、オスが憧れるように思うが、実はメスに有利なシステムだ。メスは子供を産むし、一匹あたり生むことが出来る子供が限られているので、一夫多妻ではメスを大切にして、もちろん殺すことなどない。

これに対してオスは一匹だけいればよいので、メス10匹に対して進化の結果、オスにボス争いをさせて一匹に絞る。戦いに負けたオスを「ハグレオス」というけれど、ハグレオスは寂しく集団から離れていく。ここで重要なのは、幸運にもボスオスになったオスとハグレたオスの遺伝子には差はなく、また必ずも強いオスが勝つとは限らない。戦いには運不運もあるからだ。

それなのに、遺伝子も同じなのに、ボスオスは長寿だが、ハグレると早く死ぬ。なんで遺伝子が同じなのに寿命が違うのだろう。むしろ、ボスオスは群れのメスを守ったり、食料を調達したり、かなり大変だが、ハグレれば自分の身と自分が食べるものだけなので、気楽なものだ。それでもハグレオスのほうがボスオスより早く死ぬ。

同じようなことがメスでも起こる。哺乳動物のメスは生理があるが、生理が終わるとメスは死ぬ。生きている意味を失うからだ。人間の女性は生理が終わっても「お世話をする」ことによって元気だが(そのうち、機会を見て人間の女性が閉経後も元気な理由を書きたいと思っている)、人間以外の動物の社会は複雑ではないから、生理が終わるとメスは寿命が尽きる。

ところで、人間で子供が病気がちだったり、一人で社会生活を送るのが難しいような場合、決まって母親は長寿である。やはり我が子を見なければならないということが母親の寿命を長くしているように見える。男性でも社会で活躍していたり、人のために働いている人は長寿だが、自分のことだけ考えたり、自分の健康に過度に注意をしている人は寿命が短い。

「愛」というのは「自分以外の他に献身する」ということで、それが我が子でも、孫でも、異性でも、自分の郷里の人たちでも、その違いが問題なのではなく、「他人」に自分以上の価値を見出すということだ。「愛があるものは長寿だ」と言えるのではないか?

そこでこの問題を少し深く考えてみる。

生物は何のために生きているのだろうか? まさか自分自身が生きるために生きているわけではない。生物の寿命はその生物が、その集団に献身するから命を頂いている。それと同じで、健康とはなんだろうか? 自分が自分のために生きていて誰が自分を健康にしてくれるのだろうか? そんな人はいないし、生物は「無機物」ではないから、その寿命は物理的に決まるものではない。

そう考えると、「健康になる」というのは体を鍛えることでも、栄養のバランスを取ることでもなく、まさに「愛の心を持つ」ことであり、運動や栄養というのは補助的なものだろう。・・・ここまで整理してまた少し前に進みたい。

(平成27年2月11日)

(出典:武田邦彦(中部大学)ブログ




2015年2月13日金曜日

セルフイメージを自分で作り、幸せになる方法

自分を不幸にしない13の習慣、今なら限定価格!

この本では、セルフイメージを自分で作り変えて
理想の人生を歩むための簡単な方法を伝えています。

目次・章立て

はじめに

「不幸」から脱して「幸せ」になるには? …… 1

オープニング

3000万人の人生を変える物語 …… 5

第1章 セルフイメージ

あなたの人生を決定づける設計図

外側の顔と内側の顔 … 26
心の設計図 …… 27
あなたの運命を握るもの …… 29
自分にかけられた催眠を解く …… 32
“みんなの意見”がはらむ危険 …… 35
「強く信じたこと」こそ事実である …… 37
人格は7日で変わる …… 44
世界はイマジネーションから生まれている … 46
運転手とロボット …… 50
軌道修正しながら進むシステム …… 52
サーボメカニズムにターゲットを与える … 59
ゴールへと自動的に導いてくれる仕組み … 60
人はゴールがあるから生きられる …… 65
あなたは目標設定を間違えている …… 70
なぜ、うまくいく人はがんばらないのか? … 79
セルフイメージは思いどおりに変えられる … 86

第2章 自分を不幸にしない習慣

メンタル・リフレッシュで
人生を再起動する

【不幸にしない習慣①】許す …… 90
【不幸にしない習慣②】忘れる …… 98
【不幸にしない習慣③】リラックスする時間を持つ … 100
【不幸にしない習慣④】小さな成功を重ねる … 104
【不幸にしない習慣⑤】事実と意見を切り離す … 109
勝つためのイメージトレーニング …… 114
イメージには行動を生み出す力がある …… 117
子どもに強い影響力を持つ大人たちに …… 123

第3章 幸せの習慣

5分で幸せになる方法

あなたのゴール=幸せは何ですか? …… 130
幸福も不幸も習慣である …… 133
【幸せの習慣①】笑顔 …… 140
【幸せの習慣②】他人と比べない …… 145
【幸せの習慣③】自分と友達になる …… 152
【幸せの習慣④】他人に好かれようとしない … 154
【幸せの習慣⑤】過去を作り直す …… 156
【幸せの習慣⑥】ポジティブ・リアクション … 161
【幸せの習慣⑦】心配しない …… 173
【幸せの習慣⑧】批判に無神経になる … 176

第4章 エクササイズ

心の映画館が人生を変える

心の筋肉も使わなければ衰える …… 182
心の映画館 …… 184
過去の宝物が、壁を乗り越えさせてくれる … 191
毎日小さなゴールを達成する …… 195
クロージング
ドクターモルツに投げかけられた笑顔 …… 198
おわりに
著者からのお願い …… 204


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2015年2月9日月曜日

2015年2月4日水曜日

【必見!!】引き寄せの法則の本当の使い方

【必見!!】引き寄せの法則の本当の使い方〜その1〜

引き寄せの法則の本当の使い方〜その2〜

引き寄せの法則の本当の使い方〜その3〜引き寄せの罠  

望み通りに引き寄せの法則を使えない方へ〜引き寄せの法則[その4]〜
(出典:Youtube 小林知央(こばやしともおう)

「ザ・シークレット」について

 ザ・シークレット
人類にとっての新しい時代

「ザ・シークレット」は宇宙のもっとも力強い法則を明らかにしています。この法則の知恵は、歴史上のあらゆる預言者、予言者、賢者、救世者の生涯や教え、それにすべての真に偉大な男女の人生を黄金の糸のように貫いているのです。この人々がかつて成し遂げた偉業や業績は例外なくすべて、この最も力強い法則に沿って行われてきました。

例外はなくすべての人間に弱さや苦しみを強さ、力、完璧な平和、健康、豊かさに変える能力が備わっています。

ロンダ・バーンの「ザ・シークレット」発見は、百年も前の古い本を通じて真実を垣間見るところから始まりました。彼女は何世紀も遡って、世界の最も力強い哲学、教え、宗教の核心に存在する共通の真実を追跡し、明らかにしたのです。

ロンダの発見はいま「ザ・シークレット」という映画にまとめられ、世界じゅうで何百万人もの人々がこの映画を見ています。また「ザ・シークレット」は本やオーディオブックにもなり、その数は七百万冊を越えています。

「ザ・シークレット」はあらゆる人生を律する法則をシンプルに説明し、どうすれば??意図的に、また楽々と??楽しい人生を創り出すことができるかという知恵を教えています。これがあらゆることの「シークレット」です??
限りない幸福と愛と健康と豊かさの「シークレット」なのです。

これは「人生のシークレット」です。
(出典:ザ・シークレットMASTER DISTRIBUTOR


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2015年2月3日火曜日

幸福に目を向ければ幸福になり、不幸に目を向けると不幸になる。

幸福に目を向ければ幸福になり、不幸に目を向けると不幸になる。起こることの原因は常に自分の心にある。

【図解あり】幸福になる方法を考えるよりも、すでに幸福であることに心を委ねてしまえば幸福になれる。

研ぎ澄まされた感覚が幸運を引き寄せる。感じる力を養えば見落としていたチャンスに気付く。

【図解あり】想像力を使えば相手も自分も幸福になる。怠けて想像力を使わないから、傷つけるし傷つけられる。

小さくても目の前の幸福を大切にして積み重ねるから、潜在意識のポジティブなエネルギーを引き出すことができる。

誰かがあなたに想いを寄せてくれている。その存在を感じられれば、毎日は幸福感に満たされる。

満たされているものに心を向けるともっと満たされて幸福になる。欠けているものに心を向けるともっと失い不幸になる。

そうなりたいと思うからストレスになる。そうなれると決めていればストレスは消えて無くなる。

自分こそがあなたを世界で一番幸せにできる。そう確信して言葉を発するから思いが伝わる。

大切な人の幸福を心から願える人は、誰からも大切にされる。自分の幸福のためだけを願う人は、誰からもドン引きされる。

(出典:Insight編集長/小川健次ブログ


2015年2月1日日曜日

新・幸福の杖(1)今日と明日

この動画の後半で、幸福になるためのヒントを話されていますね。

私がなぜこのようなことを書きたくなるかというと、せっかくノビノビと明るく楽しく生きることができる人が、なぜか暗くゴタゴタした生活をされていることをよく見るからです。参考程度にお読みください。



人は「今」に生きることはできず、「未来」だけに生きます。国連が行った世界各国の調査でもっとも多くの人が「私は幸せ」と答えた国がベトナムです。ベトナムの一人当たりの1年の所得は約1000ドル、日本は4万ドルだから、日本の40分の1です。



日本人に比べれば圧倒的に「貧乏」なベトナム人がなぜ「幸福」かというと、ベトナムに行くと多くの人が「今日より明日の方が良くなる」と確信していることがわかります。



フランスの植民地になって以来、長い間、フランスの圧政の下で呻吟し、ディエンビエンフーの戦いでやっと独立したかと思ったらアメリカが攻め込んできてまた長いベトナム戦争になりました。



フランスがインドシナを植民地にした1887年から、アメリカがベトナムから撤退した1975年まで、実に88年間、占領され、植民地政策でひどい目に遭い、そして独立しました。だから国が発展する機会を失って貧乏なのですが、でも、幸福なのです。



それは、「明日が来る。それは間違いなく今日より良い」という確信があるからです。でも、客観的にはベトナムの未来はそれほど明るくはありません。工業立国を目指して大きな工業団地を作ったのですが、電気や道路などのインフラストラクチャーと呼ばれるものがなかなか整備できず、政府は北と南の勢力の均衡をはかって組閣されるために動きが鈍く、若い人は給料が低いとすぐ仕事を辞めて故郷に帰ってしまいます。



ベトナム通貨(ドン)は全く信頼性がなく、多くのベトナム人は給料をもらうと、すぐ使うか、それとも町中にある「金と交換する店」でドンを金に替えて持っています。工業はダメ、政府も力不足、若者は仕事を熱心ではない、通貨は不安定・・・そんな中で、50ccの小さなバイクに5人家族がのって走り回る人たちの顔はみんな輝いているのです。



間違いなく、ベトナム人は幸福になります。それはベトナム人の素質が高く、粘り強いという良い性質や能力によることもありますが、なんといっても「明日がよくなる」と思っていることです。



人は思っていることが現実になります。だから未来が暗いと思ったら未来はそれに応じて暗くなっていきますし、明るいと信じていたら明るくなります。実に人間は不思議な動物ですが、「頭脳優先」なので、「意識」が「現実」になるからです。



当たり前のことですが、幸福というのは給料でも物質でもなく「心」の状態です。心の状態ですから、年間平均所得など関係がないのが当然ですが、やはり日本で生活をしているとそのことを思い出すことすらできなくなるのです。



さらに、現在の日本は利権のためや新聞の販売量を上げるために「未来を暗く見せる」ことに懸命です。それはやがて現実になりますが、自分だけが幸福になることができる、それは「明日は明るい」と思うことです。


(平成26年1月22日)

(出典:武田邦彦(中部大学)ブログ




2015年1月31日土曜日

サタデー・ナイト・フィーバー

Saturday Night Fever - More Than A Woman (Bee Gees)



『サタデー・ナイト・フィーバー』(英: Saturday Night Fever)は1977年製作のアメリカ映画である。
監督はジョン・バダム。俳優ジョン・トラボルタの出世作である。
ニック・コーン(英語版)の1976年の原作"Tribal Rites of the New Saturday Night"(邦題「新しい土曜の夜の部族儀式)」の映画化。
1970年代のアメリカ社会を背景に、「行き場のない青春のエネルギー」をディスコで踊ることで晴らす惰性の生活を送っていたジョン・トラボルタ演ずる青年トニーが、ディスコで出会った女性ステファニーの生き方に心を開かれ、新しい生活へ目覚めて大人へ脱皮していくさまを描く。
週末ごとに行くディスコが主な舞台の映画。(出典:ウィキペディア)



2015年1月11日日曜日

リー・アン・ウーマック Lee Ann Womack - "Make Memories With Me" ( With Mark Chesnutt)




リー·アン·ウーマック
リー·アン·ウーマック(1966年8月19日生まれ)はアメリカの昔ながらのスタイルのカントリーミュージックで知られているシンガーソングライター。(出典:ウィキペディア)



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